高松高等裁判所 昭和26年(う)1060号 判決 1952年11月29日
控訴人 被告人 安藤昌直
弁護人 松本梅太郎
検察官 大北正顕関与
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役壱年に処する。
但し本裁判確定の日より四年間右刑の執行を猶予する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人松本梅太郎の控訴趣意は別紙記載の通りである。
控訴趣意第一点について。
論旨は本件において差戻後の第一審裁判所が差戻前の第一審判決より重い刑を言渡したのは所謂不利益変更禁止の規定に違反し違法であると謂うのである。仍て考察するに刑事訴訟法第四百二条は「被告人が控訴をし又は被告人のため控訴をした事件については原判決の刑より重い刑を言渡すことはできない」と規定(刑事訴訟法第四百十四条により上告審に準用)しているところ、右は上訴審における特別規定であること明かであり、事件の差戻を受けた第一審裁判所が新に第一審として審判する場合には右規定の適用又は準用はないものと謂わなければならない。従つて被告人のみの控訴により事件が差戻された場合であつても差戻後の第一審裁判所が差戻前の第一審判決より重い刑を言渡すことは何等妨げないものと解すべきであり、本件の場合原審が差戻前の第一審判決(懲役八月)より重い懲役一年を科したことを以て違法であるとはいえない。論旨は理由がない。
同第二点について。
論旨は原判決の量刑は不当であり被告人に対しては刑の執行猶予が相当であると謂うのである。仍て本件記録を精査して考察するに本件業務上横領の額は相当多額(合計二十三万六千七百余円)に上り犯情必ずしも軽くないけれども、被告人は是迄前科がない上に本件は被告人が満二十一、二歳当時の犯行であること及び本件については被害者である愛媛県購買農業協同組合連合会との間に示談成立し被告人は毎月少額ながら月賦弁償を続けその誠意が窺われることその他論旨主張の諸点を斟酌すれば、被告人に対しては実刑を以て臨むよりも寧ろ相当期間刑の執行を猶予して充分反省と更生の機会を与えることが妥当な措置と考えられる。従て論旨は理由がある。
仍て刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条により原判決はこれを破棄し、同法第四百条但書の規定に従い当裁判所において自判することとする。
罪となるべき事実及びこれを認める証拠は原判決と同一である。(但し原判決挙示の証拠中差戻前の第一審第一回公判調書を除く。)
(法令の適用)
刑法第二百五十三条第四十五条前段第四十七条本文第十条(原判決犯罪一覧表中二一の罪の刑に併合罪加重)刑法第二十五条刑事訴訟法第百八十一条
仍て主文の通り判決する。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 浮田茂男 判事 呉屋愛永)
弁護人松本梅太郎の控訴趣意
一、原判決は違法の判決である。本件に付き第一審裁判所は昭和二十五年三月三日業務上横領罪として懲役八月の刑の判決言渡をなした。右判決に対し控訴人のみ控訴の申立を為し控訴審たる高松高等裁判所刑事第一部に於ては昭和二十六年三月十日原判決を破棄する事件を松山地方裁判所西条支部に差戻すとの所謂破棄差戻の判決の宣告あり、松山地方裁判所西条支部では審理の結果昭和二十六年八月二十七日右事件を業務上横領罪として懲役一年の判決言渡を為した。刑事訴訟法第四百二条に依れば「被告人が控訴をした事件については原判決の刑より重い刑を言渡すことはできない」とありてそれが控訴審での破棄自判の場合であつても或は又控訴審で破棄差戻をして差戻を受けた裁判所に於ける判決でも同様に被告人の不利益変更は出来ないと解すべきである。
然るに前記西条支部の判決は同裁判所が曩に為した判決言渡の刑よりも更に重い(四ケ月)も刑を言渡したのは法律に違反した裁判であるから破棄せらるべきものと思料します。
第二点原判決は量刑過重である。本件犯行の動機が被告人の当時の職場の機構の欠陥及び上司監督の不行届等の為めに敢行されたもので且つ被告人の貧窮等に原因し其の手段に於ても悪質とは認められず且つ被告人の性格、被害賠償の示談成立(但し被告人は保釈中住居制限ありて失職後就職が出来ないため一回履行し後は履行不能の状況にはなつているが被告人は履行の熱意はあるも右の事情にて完遂の出来ないのは失職の事情によるもの)其後は改悛して一回の犯行もなきこと及び他の同時期に同様に敢行された他の犯罪に対する同一裁判所の量刑との関係よりして刑の執行猶予の御判決を受けるべきが至当であるのに実刑を科せられたのは刑の量定が不当であると思惟せられる(尚ほ本件に付き昭和二十五年四月二十六日附控訴趣意書を引用す)ので原判決を破棄し刑の執行猶予の御判決を求むる次第であります。